このことについては、せいぜい小学校までの記憶しかない。平日日中に行われる行事だから、小さい頃ではないと目撃する機会はなかった。
「数珠回し」と祖母が言っていた行事。どういう頻度のどういう集まりなのかまったく覚えていないが、おそらく講だったのだろう。近所のおばあさんたちが持ち回りで各家に集まり、車座になり巨大な数珠を繰って回すのだ。
自分の家で行われた時はもちろん、祖母の実家で行われた時には自分も連れられていき参加していた。
小学校の頃の記憶は一つ。曾祖母が亡くなった時のことだ。初七日まで毎晩(だったと思う)、近所のおばあさんたちが集まり同じく巨大な数珠を回していた。
一定のリズムで鉦が叩かれ、おばあさんたちは御詠歌(和讃)を唱える。そのリズムに合わせて数珠は回る。
その歌詞は
普賢 地蔵 弥勒 薬師 観音
勢至 阿弥陀 阿閦 大日 虚空蔵』
だった。これが延々と繰り返し詠じられる。
また小学6年というそろそろ命や死というものの重みをわかりかけている年齢に、私にとって曾祖母の死は初めての身近な人の死であり、家族について毎晩お弔いに行っては泣いていた。言いようのない悲しみのBGMとしてこの御詠歌は強烈に脳に刻まれた。
地元を離れて久しい自分は祖母に数珠回しのことを尋ねることもなく、また数珠回しを再び見ることもなく今まで過ごして来てしまった。祖母は亡くなって10年以上になる。もう地元では行われていないのではないかと思う。このことを考えるたびに取り返しのつかないことをしてしまったというような喪失感に苛まれる。
特にあの御詠歌はまさに宗教歌で、おばあさんたちの声も節も揃っていて、大きな神社で複数の神主さんが声を揃えて唱える祝詞のように美しいメロディだった。今なら動画を撮れたのに。
数珠回しは全国的には「百万遍念仏」と呼ばれる行事だ。
十三の仏様の名前を唱える御詠歌は「十三仏和讃」というそうだ。
口承、つまり伝言ゲームだから地域による違いが大きいし、それぞれの土地で時代により変化もしてきたことだろう。各地域で独自の形として伝えられていることと思う。
それでも、薄れゆく自分の記憶を留めおくためにもウェブ上にある情報をここに集めておきたい。
秋田県横手市の記録映像。このように百万遍念仏を映像として残されていることに感謝したい。
自分の地元の数珠回しとの違いは、
・外では行わず各家々の広い居間が舞台だった。
・私の地元の鉦はもっとゆっくりだった。
・御詠歌ではなくなんまいだ(南無阿弥陀仏)を繰り返し詠じておられる。
なんとこちらは都内で記録された映像だそうだ。しかもメロディとスピードに若干の違いはあるものの十三仏の御詠歌が自分の地元のものとほぼ同じで、数年前に見つけた時は文字通り小躍りした。
こちらの地域では春と秋のお彼岸の時期に行われているそうだ。映像は2011年。そう遠い昔ではない。今もどうか続いていますように。
函館市の資料。函館市の中で収集された十三仏和讃。函館市だけでこんなにバリエーションがある。自分の幼い日の記憶の中の御詠歌と同じものが他の地区にはないのなら、永遠に失われてしまったかもしれない。もしくは、地元で記憶を留めている誰かと再現を試みるしかない。
県内の記録としては、こちらは酒田市飛島の記事。飛島では毎月、お彼岸の時期は毎週行われているとのこと。
戸沢村の記録。毎年1月21日とのことで、藁で作った人形の焚き上げも行われるので、こちらは小正月の一連の行事の一環ということだと思う。動画を見ると御詠歌はないようだ。死者の供養とはちょっと違うのかもしれない。
こちらは酒田市の記事。「てごぐり百万遍念仏」というそうだ。御詠歌ではなく「南無阿弥陀仏」を唱えるとのこと。