アノ日アノ旅

スマホと低スペコンデジで撮りためた記憶を振り返り、あの日のあの旅を雑に記録。

奥津宿(伊勢本街道)②おんばさん

※店舗・価格等の情報は訪問当時のものですのでご注意下さい。

三重県津市(2025年12月)

伊勢本街道奥津宿。JR名松線の奥津駅を真ん中に奥津宿内を歩いてきたあと、閉業してしまった酒蔵さんまで戻る。

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伊勢本街道はこの旧稲盛酒造さんの前でちょっと南に逸れていた。

伊勢本街道奥津宿

 

南に逸れると、伊勢本街道は宮城橋という橋で雲出川を渡る。さっき歩いた通りから見えていた橋だ。

三層の複合具合が興味深い入母屋造り。

駅前の通りとは趣が違い今は民家や農家の並ぶ静かな通りのようだが、かつてはここも賑やかな街道沿いだったのかもと思わせるのれんが続く。

晩秋の干し柿色。

こちらのお宅は壁が長く続いていた。

「おんばさん」・・・?

街道から畑の中の道をちょっと山側に入ると「おんばさん」のお堂がある。

おんばさん

茶畑の緑が鮮やか。

茶畑越しに街道を振り返る。

おんばさん

のれんには「延命地蔵 おんばさん」とある。延命地蔵さんのお堂のようだ。

おんばさん

自治会の方が建てられた説明板があった。約300年前、当時の庄屋さんが子供たちを流行り病から守るために建立したのだそうだ。

おんばさん

子供が病気にかかったら、よだれかけを1枚かける。病気が治ればお礼にまた1枚。と説明板にはある。

おんばさん

その説明通り、お堂の屋根にはよだれ掛けがたくさん奉納されていた。

おんばさん

おんばさん

お堂の周辺には石碑もいくつか建っていた。そのうちこの2基が気になった。左は「奉供養千日隔夜」、右は「奉千日隔夜供養」、それぞれに天照大神宮や観世音菩薩、特に右には「長谷観世音」とある。真ん中の一基も風化しているが「供養」と読める。先程も「はせ新街道」という道標碑を見たが、ここから奈良の長谷寺まではほぼ真西に約40km。結構近い。

関西では「隔夜念仏」「隔夜参り」という信仰形態があった(ある)そうで、その供養碑とのことだ。

こちらは名号塔。

折れてしまった石仏、不動明王青面金剛のような立像に見える。

おんばさんの裏手に茶畑が見えた。

初冬の山裾に茶葉の緑と柿の橙。

おんばさん

おんばさんを後にし街道に戻る。

おんばさん

(2025.12.07)

備考:隔夜念仏について

いろいろ検索したがズバリこれ!という定義がわからなかったので、備忘。

念仏といえば空也上人。遠い東北の我が地元でも夜行念仏の供養塔に「空也塔」というものがある。

空也上人が奈良の春日大社と桜井の長谷寺を隔日で詣でたのを起源に、転じて二つの寺社を隔日で詣でる修行を隔夜念仏・隔夜参り、その修行僧を隔夜上人や隔夜聖と呼ぶ。

例えば四国にも、四国内の2~3の寺社を巡った隔夜念仏の供養碑があるそうだ。