アノ日アノ旅

スマホと低スペコンデジで撮りためた記憶を振り返り、あの日のあの旅を雑に記録。

お猿さんがいっぱい、四天王寺庚申堂(2025年再訪)

※店舗・価格等の情報は訪問当時のものですのでご注意下さい。

大阪市天王寺区(2025年11月)

先日、2020年に四天王寺庚申堂を訪問した際の記事をアップしたが、あまりに不完全燃焼だった。

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anohianotoki.hatenadiary.jp

 

秋晴れが爽やかな今日、やっと再訪することができたので撮って出しする。前回は四天王寺から歩いていったが、今日はJR天王寺駅から山門へ向かった。

山門前のご神木。

山門前の米穀店さんは、私の記憶が正しければNHKの「新日本風土記」に登場されていたと思う。

奉納幕が三猿。

お邪魔します。ここは日本全国津津浦浦に広がる庚申信仰発祥の地と言われている大変なところなのだ。

古刹四天王寺に属するお堂の割には平べったくモダン。何か特殊な様式かと思ったのだが、なんと1970年の大阪万博のパビリオン「法輪閣」が移設されたものだそう。

参考記事

www.sankei.com

地元の参拝者が日々訪れる四天王寺大阪市天王寺区)の庚申堂。総檜造りの平屋で広々としたその建物は、大阪万博全日本仏教会が提供した来場者の休憩所「法輪閣」だった。

 

山門をくぐりまず目に留まるのがこの百度石。

三猿が彫られている。

三猿堂。

くくり猿・・・かと思い近づいてみると、お猿さんではなく「庚申願い球」とのことだった。1躰1,000円也。

三猿堂の中をガラス越しに。中には木彫りの三猿に加え、三猿と思しき石像も祀られていた。

本堂に向かって左手には庚申塔と供養塔が祀られている一角がある。奥の供養塔はわりとはっきり苗字や戒名が見え墓石と思われるが、みっちり隙間なく並べられていて親類縁者がお参りする余地が感じられず、無縁仏や永代供養なのかと思うが定かではない。

手前の庚申塔群もだいぶみっちりなのだが、平成の刻字もある。

聖観音像を中心に庚申塔が祀られている。

これらの庚申塔はまるごと大阪市の指定文化財になっているそうだ。市のサイトによれば

四天王寺の庚申堂は諸国庚申の本寺。

・江戸時代には新たに庚申を勧請し庚申堂を起こすのに四天王寺の許可が必要だった。

・境内の20基の庚申塔は寛文10年(1670)から平成2年(1990)まで継続して奉納されたもので、大坂では希有の事例。

参考記事

www.city.osaka.lg.jp

 

聖観音像のすぐ後ろにみっちり並べられている庚申塔群から。この中に平成に奉納されたものもある。中程に、青面金剛が二童子を従えている像が見える。左の碑には月日。(とにかくみっちりなので個々を撮るのは難しい。)

三猿二鶏のこちらは天和三年とのこと。

その石仏群の裏手にも何基か立っており、ほとんどが石龕仏なのだが、真ん中の「猿竹墓」は面妖な。

これらの石碑群の後ろに一列に並んだ庚申塔群がある。猿竹墓と向かい合う形で猿松碑がある。猿竹・猿松・四天王寺庚申堂で検索すると、これら2匹の猿の縁起を記載されているブログさんがあるので参照されたし。

これらが、その後ろに一列に並んだ庚申塔群。一番手前の一基は遠近法ではなく、抜群に背が高い。

その隣の一基は台座にも三猿が彫られている。

なかなかユニークな三猿。

三猿。

月日と三猿と二鶏。講の方々の名前も。

先ほども触れた猿松碑。

鶏ちゃんが一羽。

さて、手水舎へ。

井戸のポンプ。

この手水舎の屋根には三猿がいる。丸瓦に「申」の文字も。

四天王寺庚申堂の手水舎の三猿

鬼瓦にも猿さんたちがいるのだ。

手水舎の後ろのお堂は、Googleマップだと「四天王寺庚申堂 茶所(立江地蔵尊)」と書かれている。

四天王寺庚申堂 茶所(立江地蔵尊)

北側の境内には神變大菩薩(役小角)の宝篋印塔と、ご神木に祀られた九頭竜大権現、そして七福神

本堂。

青面金剛像は秘仏だそう。厨子は閉ざされていた。

永代供養の吊灯籠。

本堂の縁台は在天王寺の甘納豆屋さんの寄贈だった。

東門から退出。

四天王寺まで続く南門筋の道の端には卍が点々と続いていた。

(2025.11.22)