アノ日アノ旅

スマホと低スペコンデジで撮りためた記憶を振り返り、あの日のあの旅を雑に記録。

田中神社・荒尾神社境内の末社と石祠群(甲州街道台ケ原宿)

※店舗・価格等の情報は訪問当時のものですのでご注意下さい。

山梨県北杜市(2025年8月)

既に一度ブログで触れているが、どうにも印象深かった神社なので再掲する。

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荒尾神社と田中神社が合祀されている。荒尾神社の方が元はここから離れたところにあったそうだが、集落がなくなり明治時代にこちらへ合祀されたそうだ。

甲州街道に面して立つあの鳥居は田中神社のもの。

拝殿の前には土俵がある。9月の例大祭には奉納相撲が行われるそうだ。

拝殿の裏に田中神社・荒尾神社それぞれの本殿が並んでいる。ぱっと見る限り柵に囲まれ近づけない。奥の院のようになっている。

両本殿の前にころんと丸い石が祀られていた。磐座だろうか。山梨といえば丸石道祖神だが、さすがにここは・・・。(不明)

8月の日差しを遮る杉木立の中にたくさんの石碑や石祠が並んでいた。それぞれどのような謂れがあるのか残念ながらわからない。ただ、荒尾神社が合祀された際他の末社も一緒に遷座してきたそうなので、それらも含まれるのだろうと思う。

本殿前にも丸石があったが、ここにも丸い石。そういえば山梨には丸石道祖神どいうものがあるのだった。これもどこかから遷座されてきた道祖神だろうか。多数の石祠も多くは引っ越してきた道祖神祠かもしれない。

小さいものから右側のような立派な造りのものまで様々。唐破風に千鳥破風つきの大きいのは末社のようだ。

ここにある石祠には、神社の拝殿・本殿のように向拝が長く張り出て向拝柱もちゃんと備わっているものが多い。地元では見ない形なのでとても興味深かった。

先程の立派な石祠の隣には、折れてしまったのか向拝柱の代わりに木でつっかえ棒のような簡易向拝柱を備えている石祠があった。

この光景は神秘的で大変気に入った。

読めなかった板碑。

鳥居のある末社松尾大社

七賢のお酒もお供えされている。

左の石祠は窓が可愛い。剣みたいだ。奥は庚申塔

どうしてこれほどの石祠がと検索すると、そもそも山梨県の北部には石祠の文化が広くあるようだった。あちこち訪ねたい衝動に駆られる。遠くに住んでいるのでそれは叶わない、悲しい。

虎石社という磐座。Wikipedia先生によると、『甲斐国志によると境内にある虎石に獅子舞の頭を乗せたところ、祟りがあったことから獅子舞を禁じ小正月に虎頭の舞を奉納している』とのこと。

石祠群の端に赤い鳥居を備えた熊野社がある。石祠と共にたくさんのお地蔵さんが祀られている。

これらは味噌なで地蔵さんといい、体の悪いところと同じ箇所に味噌を塗る風習があるそうだ。だがこの日は皆さん綺麗だった。例大祭も近いしお顔を洗ってもらったのだろうか。味噌を頭にのっけた光景もぜひ見てみたかった。

その隣にも小さな石祠と小さな地蔵群。

中に一基二十二夜供養塔もあった。

ここに集められたお地蔵さんは悉く首が無く、廃仏毀釈だろうか?コダマ(©もののけ姫)くらいのサイズのお地蔵様が多い。

この境内、さっきからどうももののけ姫を思い出してしまう。

また街道へ戻る。

鳥居近くの杉の根元にも石祠があった。

(2025.08.30)

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