- 台ケ原宿の碑のそばにある石仏
- 道祖神
- 軒下の紙垂
- 立場跡の石祠
- 本陣跡の石灯籠
- 山梨銘醸(七賢)の菌塚
- 山梨銘醸(七賢)の弁財天
- 山梨銘醸(七賢)の神棚
- 當国三十三観音碑
- 田中神社・荒尾神社と境内の石祠群
- 田中神社・荒尾神社境内:虎石社
- 田中神社・荒尾神社境内:熊野大権現
甲州街道台ケ原宿を歩いた時に見つけたなかから、祈りの風景を抜粋。
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台ケ原宿の碑のそばにある石仏

Googleマップには「台ケ原宿の地蔵」とあるが、この尖った頭。なんらかの観音様にも見えるがどうかな・・・。(石仏は好きだけど知識不足。)


道祖神
「⑰道祖神」という碑のある一角。何に掲載の17番なのかと検索してみたがわからない。パンフでもあるのだろうか。

台ケ原宿の東端に近く、塞ノ神的役割にもぴったりのロケーションだ。小さなスペースにコンクリートの台、石灯籠と習合された石碑石仏・・・と母の実家がお隣神奈川だった自分がこれまでイメージしてきたこの辺りの地域の道祖神のイメージに近く感動した。
今こうして写真を見返していて、常夜燈ような石柱(陽石っぽくもあるが)の足元に丸い石が祀られているのを撮り忘れていた。これこそ丸石道祖神ではないか。

如意輪観音と、右はお地蔵さんだろうか。


後で読むために撮影したのに全然読めないという・・・。

観音供養塔。

千手観音供養塔。

小さな石祠たち。後で知るがこの宿場町には石祠が多かった。

馬頭観音。おでこに馬ちゃんを載せて。



軒下の紙垂
玄関の門の軒下に紙垂を下げているお宅があった。もしかして七賢さんに関係があるお宅かなとも思ったがわからない。


立場跡の石祠

ここには「立場跡」という案内板があった。旅人や馬の休み場だったらしい。共同井戸跡でもあるそうだ。

本陣跡の石灯籠
一般のお宅の庭先だったのでちゃんとは撮らなかったが、本陣跡だそうだ。

山梨銘醸(七賢)の菌塚
「七賢」の山梨銘醸さんの店舗奥にあった「菌塚」。麹菌と酵母菌が供養されていた。このようなその業界ならではの供養塔はいいですね。

樹木にも詳しくないのだが、ザラザラした幹から象の肌のようと言われる榎木かなと思う。注連縄で祀られていた。


山梨銘醸(七賢)の弁財天
弁財天。隣には「御膳水」の井戸。明治天皇御巡幸の際に使われた水とのこと。


山梨銘醸(七賢)の神棚
酒蔵と神道は切っても切れない間柄。立派な神棚がふたつ。


あそこにも。お札が仕舞われているかな?

火伏も水神様も酒蔵にとって大事な守り神様だが、「水玉清浄」と書いてあるこのお札は一体?「鴨社」とは?とてっきりこの辺りに鴨のつく神社があるのかと思ったが、京都の下鴨神社のようだ。下鴨神社のHPにこのお札の写真がある。

當国三十三観音碑
登記所跡そば。

田中神社・荒尾神社と境内の石祠群
荒尾神社と田中神社が合祀されている。荒尾神社の方が元はここから離れたところにあったそうだが、集落がなくなりこちらへ合祀されたそうだ。

拝殿の前には土俵がある。例大祭には奉納相撲が行われるそうだ。


拝殿の裏に田中神社・荒尾神社それぞれの本殿が並んでいる。ぱっと見る限り柵に囲まれ近づけない。奥の院のようになっている。

両本殿の前にころんと丸い石が祀られていた。磐座?

8月の日差しを遮る杉木立の中に、たくさんの石碑や石祠が並んでいる。それぞれどのような謂れがあるのか、残念ながらわからない。




この光景は神秘的で大変気に入った。

読めなかった板碑。


七賢のお酒もお供えされている。

左の石祠は窓が可愛い。剣みたいだ。奥は庚申塔。


どうしてこれほどの石祠がと検索すると、そもそも山梨県の北部には石祠の文化が広くあるようだった。あちこち訪ねたい衝動に駆られる。遠くに住んでいるのでそれは叶わない、悲しい。

田中神社・荒尾神社境内:虎石社
磐座。Wikipedia先生によると、『甲斐国志によると境内にある虎石に獅子舞の頭を乗せたところ、祟りがあったことから獅子舞を禁じ小正月に虎頭の舞を奉納している』とのこと。

田中神社・荒尾神社境内:熊野大権現
石祠群の端に赤い鳥居を備えた熊野社がある。石祠と共にたくさんのお地蔵さんが祀られている。

これらは味噌なで地蔵さんといい体の悪いところと同じ箇所に味噌を塗る風習があるそうだ。だがこの日は皆さん綺麗だった。例大祭も近いしお顔を洗ってもらったのだろうか。

その隣にも小さな石祠と小さな地蔵群。

中に一基二十二夜供養塔もあった。

一部首のないお地蔵さんも見られ廃仏毀釈だろうか?コダマ(©もののけ姫)みたいだ。
この境内、さっきからどうももののけ姫を思い出してしまう。

(2025.08.30)