小学校や地域の旅行でも来たし、遠方の親族や友人が来れば案内したしで人生10回目くらい(いや、もっとかも)の山寺立石寺。正式には天台宗宝珠山立石寺。山形市随一の観光名所でもある。松尾芭蕉が訪れたことでも有名。
門前町に入るとあちこちの民間駐車場から手招きされる。今はどうかわからないが2023年当時は昔と変わらず1日500円だった。

JR仙山線の山寺駅からもアクセスできる。駅前に昔ながらの旅籠的旅館(高砂屋別館さん)があるのが実に良い。

立谷川。山寺を流れている川って立谷川だったんだ・・・。(立谷川といえば立谷川工業団地。もっと下流を認識していた。)
と、対面石。山寺の開祖である慈覚大師円仁さんが、この地方を支配していた磐司磐三郎という人とこの岩の上で対面したという伝説が残る。

上流をちょうど仙山線の列車が走って行った。

山寺の麓にもお堂やお社がいっぱい。こちらは大日堂。


山門までの階段脇に石仏。左は十八夜塔。月待塔好きの私歓喜。

木立の間に赤い祠。

立石寺の本堂(根本中堂)は大盛況。

参道に橋のように渡された石のど真ん中の石仏。以前はここに「橋殿」という筆書きの説明板が立っていたと思うのだがなくなってしまったな。

花手水のように風流なおみくじ。「水みくじ」だそう。

立石寺の石段は1,015段。その入り口となる茅葺の門(拝観料お支払いゲートでもある)の扁額に「關北霊窟」と書いてあったことを今更知った。

「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」の芭蕉の句はこの山中で詠まれたものだ。こんな夏の真っ盛りなのに、麓より絶対的に涼しい。
この石段の両脇には思い思いの位置に供養塔が祀られている。比較的新しい年代の墓石と思しき石塔(戒名が見える)があり、天台宗という厳かな密教の聖地ながら麓の庶民の霊場でもあるようだ。このように境内に供養塔が林立する様子は、宗教は違えども京都の伏見稲荷大社を思い出す。伏見稲荷も山中に思い思いの庶民の祠(お塚信仰)が建てられているからだ。

板碑が彫られた岩も多い。


空也塔。空也さんって、あの空也さん?日本のフィギュア文化の始祖と言われる(言わない)、口から念じたお念仏が阿弥陀様となっているあの空也さんだろうか?


また空也塔だ。
東北大学機関レポジトリTOUR内『山寺「夜行念仏」 の形態と歴史 - 研究の現状と問題点』によると、これら2基の空也塔は夜行念仏を行う講中により建てられたものとのこと。
参考記事
https://tohoku.repo.nii.ac.jp/record/21708/files/KJ00002359464.pdf (PDFダウンロードが始まるURLです)

預天賀地蔵。

その夜行念仏の供養塔があった。夜行念仏講の方々は8月6日に山に入り、根本中道をはじめ多くのお堂や石碑に回向するそうだ。

あの岩にも供養碑が彫られている。

岩の上にお地蔵さん。



石灯籠にろうそく用に置いてあったのはさくらんぼ型のカップ。このカップ、何かさくらんぼジュースだったかお酒だったかで見た覚えがあるんだけどな・・・

と、思ったら!地酒だった。カップ秀鳳。Twitterより引用。
参考記事
山形にさくらんぼの可愛いワンカップあったよなぁって探してたんだが記憶が色々混ざってた…1枚目が秀鳳(日本酒)、2枚目がさくらんぼの酒(リキュール、果実入り) pic.twitter.com/0qIzE4XhjO
— 宗 雅 (@miyabi_36) August 28, 2019
板碑群。


ずいぶん上がってきた。




石のうろにもワンカップ秀鳳!天然の灯籠?



見上げると仁王門が見えるところで、この先木立がなくなり日光をモロに浴びることになってしまった。私はここでギブアップした。夫だけが五大堂まで上がって行ったのを待つことにした。

修験の山でもあった山寺。

ちょっとこの陽射しは無理ッス・・・暑さは平気なつもりだが日光は勘弁。

夫が戻ってきて一緒に山を下りる。
本当に素晴らしい板碑状の線刻。キーリクもくっきりだし、造形も正確だし文字も精緻。



六地蔵が彫られている。

下山口にある本坊の軒下にスズメ蜂の巣が。


対面石を中心に山寺を遠めに。いつかもっと涼しい季節に上まで行ってみることにする。

(2023.08.13)