アノ日アノ旅

スマホと低スペコンデジで撮りためた記憶を振り返り、あの日のあの旅を雑に記録。

薄曇りの空の下、楯岡商店街を歩く

※店舗・価格等の情報は訪問当時のものですのでご注意下さい。

山形県村山市(2022年5月)

JR奥羽本線村山駅・・・は私たち世代にはこの駅は楯岡駅フォーエバーなのだがそれも今は昔。その駅近くの路地、通称西浦通りの出口から、この曇天のもとで灰色に見える町を歩いてみる。

西浦通りの出口付近に昔からある石の蔵。楯岡は意外にもお蔵の多い町なのだが、中学時代くらいしかここを歩かなかった自分にはその魅力に気づくのに30年かかったわけだ。

駅前通りに出て左手へ。旧国道と呼ばれる県道29号線の方へ向かう。自分の感覚でいえば楯高(旧楯岡高校)もしくは東沢公園の方へ向かう。

村山駅前 早川食堂

県道29号線との交差点にある早川食堂さん。いつか行きたいと思いつつはや四半世紀。

右側のお店は中学時代に新しくできた建物だったな。今もまだ新し目感あるものだ。

こちらのカメラ店さんは天文台のあるお店だったんだな。中学生の自分にはまだ各々のお店に用事はなかった。でも遠い昔の記憶にはちゃんとある。

でも正直言ってこの人っ子一人歩いていない車社会の通りをスマホをあちこち向けて歩くのは本当に勇気が要った。マスクもしているし通報されても文句は言えない。緊張していたので隅々まで観察する心の余裕はなかった。

お蔵と通りに面した看板建築のハイブリッド。それどころか擬洋風建築の顔まで。美しいキメラすぎ!

大山呉服店と書いてあるが私の記憶では「丸藤」さんだった建物。この楯岡商店街で一、二を争う美しさ。

村山市楯岡 大山呉服店

豪華なファサード、窓の下部分は銅板のようだ。2本のポールはほんのり膨らんでいるようにも見える。一回部分には雷紋。

そのお向かいは書店。結納品一式の文字は歴史ある商店街の印。お小遣いを貯めてはこの書店さんでコミックを買ったものだった。「ハイスクール!奇面組」とか「ファイブスター物語」とか。

アーチは大きいが簡単な造りの飲食店長屋がポツンとある。お隣のお宅がほごされて(解体されて)しまったので余計にがらーんと寂しく感じる。

すごく気に入っていた商店長屋。次に帰省した時は解体されてしまっていた。ぽっかり空いた空間の向こうに茶色のトタン屋根の立派な家屋が見えるようになった。

またお蔵。

いろいろなものがなくなってしまい全容があらわになった立派なお屋敷。

しかも看板建築なのである。

今は寂しげな商店街だがかつて楯岡は北村山地区でも最も栄えた町だった時代もあったと聞く。自営業や資産家の「ダンナシ(旦那衆)」が多くこの辺りには銀行や証券会社の支店が集まっており名残を留める。

看板建築が並ぶ。

この二棟の並びもまた素晴らしい。

特に平長さん。

中を覗き込む勇気も権限もない。二階のすりガラス、もう使われない装テン、店内にはぶら下がったビニール袋と「現金買御願致します」の文字。

古い商家はもう一軒。マルトクさんは食品屋さんだが、小学生の頃このお店は隣の我が学区で伝説のお店だった。このお店はこの辺りで唯一、ビックリマンを箱買いできるお店と言われていたからだった。奥を覗くとビックリマンの箱がずらっと飾られていたものだった。バスに乗らないと買いに来れない。あの頃子供たちだけで学区外に出るのは禁止されていた。

こちらも石蔵。

あちらもお蔵。

きたしんさんの向こうにもお蔵。

ええーこのセット、「山形式結納品」というのか。

山形式結納品

切通しまで来た。このこんもり岩山には愛宕神社が祀られている。

楯岡 切通し

切通しはその名の通り旧13号(奥州街道)が岩山をぶった切って切通しているところだ。

切通しの反対側、大市姫神社などが祀られている。この二つの神様の岩山は別の機会に写真を撮って、この時は分け入っていない。

この辺は二日町の辺りだが、一本隣の西浦通りに行く路地沿いにはお蔵がいっぱいだ。

旧国道をもうちょっとだけ北へ歩く。

こちらのお店、私の記憶には店名もあるが定かではないので書かない。看板建築の店舗、住宅、そして奥には茅葺家屋!

以上、一通り街歩き終わり。真ん中から水が出る消雪道路なので、鉄分を含んだ水で道が赤茶けている。もう落ちることはない色。

(2022.05.21)