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ここ大津市坂本へやってきたのは、NHK(だったと思う)で見た番組。大津市はお地蔵さんの里だという番組だった。(うろ覚え。)その中で、坂本には六地蔵と呼ばれる6ヶ所のお地蔵さんがあるという話だったので、日吉神社近くの何宇かを巡ってみようと思っていた。
参考記事
日吉大社の赤鳥居をくぐったところにあるのが六角堂の早尾地蔵さん。

六角堂の前に小さな祠。どんぐりがお供えされていて胸アツ。

赤い前掛けがたくさん掛けられている。

覗いてみた。大小二体のお地蔵さん。

そして二体を囲む無数の小さな仏像。

線香の煙、ふすぼる。

傍らの説明板。
子育て地蔵 早尾地蔵尊(六角地蔵堂)。伝教大師最澄上人自作と伝わる。最澄上人が童子養育に心を注がれながら彫られたため「子育て地蔵」とも呼ばれており、またこのお地蔵様は西教寺開山の祖真盛上人として現れ、上人入寂の際に再びお地蔵さんになったとのこと。


地蔵堂の前にもお地蔵さん群。


近くの石段の先にあるのは早尾神社だそう。(まだ行ったことがない。)

では、いざ日吉大社へお参りに。

参道の横には求法寺走井元三大師堂。元三大師のことはそれまでは知らなかった。
元三大師(がんざんだいし)は平安時代の天台宗の高僧・良源上人のこと。比叡山延暦寺の中興の祖として知られ、元三の名は正月三日に亡くなったことに由来する。慈恵大師・角大師(つのだいし)・豆大師(まめだいし)とも呼ばれ、おみくじの創始者でもあるそうだ。関西での暮らし、特に京都を訪ねるとこの元三大師さんの姿をよく目にすることになったのだった。

元三大師堂横の宝篋印塔。

あちらは走井橋。

橋の袂に赤い祠。走井祓殿社といい、小さな祠だけれど大祓が行われる立派な神社だそう。

大宮橋を渡り参道を進む。

苔の緑と紅葉の紅が目に留まる。


参道に配置されていた灯籠に描かれた愛嬌のある図案が気になった。調べるとこれは「大津絵」と呼ばれる江戸時代に描かれた庶民の娯楽のための民俗絵画の一つで、「鬼の念仏」や「鬼の奉加帳」と呼ばれるものだそうだ。怖い鬼が寄進を募って歩くという偽善さが風刺的で人気があったのだそう。

山王鳥居。山(合掌)の形をした破風が乗った独特の形は、仏教の胎蔵界と金剛界、そして神道の融合を象徴しているのだそう。素晴らしい神仏習合のすがた。

山王鳥居をくぐりさらに先へ。

神馬舎と神猿舎。神馬は白い木馬だった。

神猿さんはリアルお猿さんだった。

よく考えずに歩いているので本殿方面ではなく周辺の摂社末社ばかり巡っていた。


小さなせせらぎの畔に、なんとお猿さんが祀られていた。これは一体?(数年後再訪した時には祠ができていた。)


そのお猿さんのお側の近くにあったのは救済地蔵(おたすけじぞう)さん。

恵毘須社。

おたすけ地蔵さんの少し先に忍耐地蔵(しんぼうじぞう)さん。


参拝客が増えてくるので写さないように気をつけながら。


白山宮。


宇佐宮・・・で合ってるかな。




本殿。他の方を避けて撮りちょっと不自然に。

金の簾が雅。

稲穂が逆さに掛けられている。


磐座があった。厄除の祇園石というそうだ。


猿まわしの公演中だった。

石造りの手水舎。

花手水が可憐に華やか。


ところで、そこから少し奥に行くとまた先ほど渡った川に出会う。石橋の跡?があった。

奥に何か建物が見える。

日吉山荘という料亭だったらしいが、哀れな姿を見せていた。

この近く、木立の中に古そうな宝塔があった。苔生している。

参拝と散策を終え、茶店にお邪魔する。

日吉茶屋さんのおでん。


紅葉をくぐり、日吉大社をおいとまする。

参道にさっきは見逃した磐座があった。


参道を外れ、境内を流れる大宮川の岸へ。

来る時に遠くに見えた走井祓殿社。

走井橋。


日吉大社を後にして、この先坂本のお地蔵祠巡り。
(2019.11.30)